父との約束、認知症のない世界を切り拓く [インタビュー]

2026-02-09

2026.02.02

DENマガジン

チョン・ジファン エディター stop@mcircle.biz

 

 

耳鼻咽喉科専門医からデジタルヘルスケア企業の代表へ。喪失を原動力に医療イノベーションの先頭に立つ人物、ボイノシス代表シン・ジョンウンの物語。

 

 

プロフィール:シン・ジョンウン

22年間、建国大学校病院耳鼻咽喉科の教授として勤務した後、突如として白衣を脱ぎ、スタートアップの代表となった人物。認知症で父を亡くして以来、誰にも自分と同じ悲しみを味わわせてはならないという使命感から、AIデジタルヘルスケア企業「ボイノシス」を創業した。

 

経歴

  • ボイノシス 代表取締役
  • 建国大学校 耳鼻咽喉科 正教授
  • 建国大学校病院 臨床試験センター センター長
  • 米国ハーバード大学医学部 臨床医
  • ソウル峨山病院 耳鼻咽喉科 専門医

 

学歴

  • 高麗大学校 経営大学院 KMBA修士
  • ソウル峨山病院 耳鼻咽喉科学 修士・博士
  • ソウル大学校 医学部 卒業

 

偉大なイノベーションは、しばしば個人の喪失から始まる。電信を発明したサミュエル・モースは、妻の臨終の知らせを遅れて受け取ったことが悔いとして残り、通信技術の開発に打ち込んだ。「細菌学の父」ルイ・パスツールは、伝染病で子どもを亡くしたことをきっかけにワクチン研究に没頭した。診察室を越えて起業家の道へ進んだボイノシスのシン・ジョンウン代表の出発点も同じである。

 

シン・ジョンウン代表は、20年余りにわたり患者の声に耳を傾けてきた耳鼻咽喉科の専門医だった。安定した医師の道を手放したのは、認知症の合併症で世を去った父との約束のためだ。医療技術の限界により父の症状に早く気づけなかった後悔が、シン代表を病院の外へと導いた。自分と同じ後悔を他の人には味わってほしくないという思い、そして医師の勘ではなくデータで認知症の兆候を早期に発見するという決意でボイノシスを創業した。シン代表の切実な思いを原動力に、ボイノシスは「2023年 国際音響・音声信号処理会議(ICASSP)」アルツハイマー病識別チャレンジで世界第1位を記録した。父の苦しみを繰り返さないという娘の決意が、医療イノベーション技術の出発点となったのだ。

 

今、彼女は「治療(Cure)」を超えて「ケア(Care)」を語る。日常の声だけで、大がかりな検査なしに脳の健康を見守り、生体年齢を巻き戻すための技術開発に奮闘している。声で人を救うために医師から起業家になった人物、シン・ジョンウン代表に会い、その話を聞いた。

 

インタビュー

 

22年間、大学病院の耳鼻咽喉科教授として数万人の患者を診てきた

幼い頃は母のもとで音楽を学んだ。バイオリン専攻を目指していたが、小学生の頃、突然練習が嫌になって図書館へ逃げた。楽器の練習より勉強のほうが性に合っていると分かり、趣味と言えるほど勉強に没頭したおかげで、音楽大学ではなく医学部に進学することができた。

医学部の専門課程の授業で人工内耳の移植手術を受けた60代の患者の事例を聞き、20年ぶりに娘の声を聞いて涙を流す患者の姿を見て、耳鼻咽喉科を志すようになった。これをきっかけに、耳鼻咽喉科医として患者を診ながら「音を失った人に音を取り戻すこと」を医療の哲学とした。単に補聴器を処方して終わりではなく、リハビリ治療と継続的な関心によって患者の聴力を取り戻そうと努めた。

 

ボイノシスを創業するにあたり、父とのエピソードがきっかけになったという

父が認知症の合併症で亡くなった。父が退職した後、次第に言葉がもつれるようになり、行動にも違和感を覚えた。念のため自ら病院に連れて行き、認知症スクリーニング検査を受けてもらった。検査で満点を取ったため、認知症の心配はいったん置いておいた。ところがしばらくして、父が認知症と診断された。後で分かったことだが、認知症検査を予約した後、父は自分で検査の内容を調べて事前に勉強していたのだ。それを知ったときには、すでに父の病はかなり進行していた。認知症と診断されてから4年以上自ら介護したが、父にとっても私にとっても本当につらい時間だった。

学識の高い人ほど、認知症を認めようとしない。生涯にわたって積み上げてきたものが多い人ほど、プライドが高いからだ。父が亡くなった後、小さな手帳を見つけた。手帳には1時間単位で自分が何をしたかが記録されていた。自分の健康に何か問題があることを認識していながら、認めたくなかったのだ。

 

最も近くで父を見守ってきた娘であり専門医として、心痛は大きかったのでは

そうだ。父とは本当に仲が良かった。長女で一人娘だったからなおさらだったのだと思う。性格も好みも顔立ちも似ていた。だからこそ父を失った瞬間はいっそう骨身にしみた。亡くなった瞬間ではなく、認知症を患ってからのことだ。認知症患者の家族を介護した経験のある人なら分かるだろう。認知症を患ってからは、それまで私が知っていた父ではなくなった。魂のない父を少しずつ失っていく過程は、あまりにも苦しかった。

 

 

「治療より予防が、認知症に対する最善のアプローチです。聴力検査は、標準的な認知症検査よりも早い時点で異常の兆候を感知できます。私は、誰も私が経験した苦しみを二度と味わうことのないよう、ボイノシスを設立しました。」

 

ボイノシスで伝えたい価値は何か?

健康は健康なうちに守らなければならない、ということだ。世の中に完治できる病気は多くない。ほとんどは慢性疾患として一生管理しながら生きていかなければならない。裏を返せば、普段からきちんと管理すれば健康な人と変わらず過ごせるということだ。

ただし、継続的な健康管理には三つのことが必要だ。まず一つ目は「小言」だ。週3回30分ずつ汗をかく運動をすれば生活習慣病にならないという事実を知らない人はいないだろう。しかし実践する人もほとんどいない。慢性疾患の患者と四半期ごとに会うが、1年後に来院するよう伝えると、薬を数か月分残したまま訪れる。人は短い周期で繰り返し小言を言われてこそ、健康に気を配るものだ。

次は教育だ。他の人は病気になるかもしれないが自分は違うと、健康管理の重要性を軽視する人が多い。そうした患者に会うたびに「人はみな死ぬ。どこが、いつから壊れるかの違いだ」と厳しく忠告する。身体の臓器はそれぞれ区分されているようで、結局はすべてつながって一つの身体をなしている。どこか一か所ではなく、身体全体を見なければならない。

最後に継続的な管理だ。人は年を取るほど再び子どもに戻っていく。一人で病気を克服する人はいない。かつては大家族が一緒に暮らし、子が親を扶養したが、現代ではそうした文化を期待しにくいのが現実だ。

家族が世話をしてくれるのが一番だが、それができない人には、家族に代わって健康を管理してくれる存在が必要だ。こうした点を踏まえ、ボイノシスは「継続的な小言」を届けるプラットフォームになろうとしている。

ボイノシスは、自社開発の音声解析技術で2023年 国際音響・音声信号処理会議(IEEE ICASSP 2023)のアルツハイマー病AI識別世界大会(The MADReSS Challenge)で第1位を獲得した。

 

 

継続的な小言が目標とは、興味深い

そのために「Voice Check」アプリを開発した。ユーザーが毎日短い音声を録音すると、脳の健康指数を解析して表示する。解析結果がリスク群に分類されると、事前に登録した保護者に通知を送る。毎日家族がすべき小言をアプリが代わりに行うと考えれば分かりやすい。短期的には病院での検診の間の空白を埋める生活の中の健康診断サービスを、最終的には自ら録音する必要なく、日常で声を使うたびに自然に健康をチェックする無自覚モニタリングサービスを目指している。

脳の検査に音声を活用するというのはやや馴染みがないかもしれないが、MRIやCTは身体の構造的変化を調べる装置だ。そのため、ある程度脳の構造が変化して、つまり脳細胞に問題が生じて萎縮したり出血したりしてはじめて確認できる。MRIやCTの検査結果に異常が見える程度なら、脳疾患はすでにかなり進行した状態ということになる。

一方、音声は身体の機能的変化が最も早く現れる領域だ。話すということは、脳の側面から見れば高次元の活動である。肺から空気を押し出し、微細な発声を可能にする100以上のさまざまな筋肉を調節し、単語を選び、文法を考えてはじめて言葉を話せる。この過程を調律するのが前頭葉と側頭葉、そして迷走神経などの脳神経だ。脳の機能が低下すると、筋肉の調節能力からわずかにずれ始める。人の耳には同じに聞こえても、精密な解析を経れば、微細な震え、発話速度の不規則性、音域の変化などのシグナルを確認できる。これにより、脳に大きな異常が生じる前から音声で異常のシグナルを感知できるのだ。

また、音声はその日その日のコンディションを映し出すという利点もある。十分な睡眠が取れているか、消化は良好か、その他の身体的異常はないかなど、難しくない方法で毎日身体の健康をモニタリングできる。

 

ボイノシスのコア技術を説明してほしい

人それぞれ指紋が異なるように、声にも固有の特性がある。私たちはこれを分かりやすく「音声DNA」と呼んでいる。ボイノシスの技術は、個人ごとの音声DNAを基準に健康の変化を捉える方式だ。話すのが遅い、トーンが高い、といった個人の声の特性をAI技術でまず把握する。核心は変化を感知することだ。普段と違って言葉に微細な震えが見られたり、話す速度に変化が生じたりすれば、それが疾患の可能性を確認する「音声バイオマーカー」となる。音声バイオマーカーとは、音声から抽出したシグナルによって身体的・精神的疾患の兆候を早期診断する生体指標のことである。

他のAIヘルスケア企業との違いは、専門医の医療技術が積極的に関与している点だ。一部のヘルスケア企業はデータを多く集めることに集中している。YouTubeなどのプラットフォームから収集したノイズ混じりのデータを使うため、医学的根拠が乏しくノイズに弱い。ボイノシスは、代表である私自身が耳鼻咽喉科専門医であるだけに、専門知識をもとにデータを選別する。病院の臨床で検証された医療データを技術に学習させ、単なる波形解析を超えて、医学的に有意な80余りの音響学的特徴を解析する。騒音の多い環境でも精度が高い理由だ。

こうした技術で認知症スクリーニングはもちろん、飲酒測定エンジンやストレスエンジンまで確保している。飲酒測定は精度が90%以上だ。体内にアルコールが入ると小脳の機能が鈍り、ろれつが回らなくなるが、血中アルコール濃度と声の変化の相関関係を解析したものだ。ストレスやうつ病も同様だ。コルチゾール値によって声のトーンが変わる。声ひとつでさまざまな分野の健康状態を確認できる。

 

 

「誰もが自分だけの固有の『音声DNA』を持っています。音声の一貫性を把握することで、私たちは疾患の異常シグナルを事前に感知できます。毎日話すだけで健康を管理するのです。」

 

医師という安定した生活基盤を離れ、創業という不確実な未来を選んだ。恐れはなかったのか?

診察室と手術室でしていた仕事を会社でしているだけで、職業が変わったと思ったことはない。20年以上患者を診てきて感じたことがある。認知障害が進行する患者は、声から変わるということだ。声のトーンや速度、ニュアンスが変わる。幼い頃に音楽を学んだおかげか、耳鼻咽喉科の医学知識のおかげかは分からないが、音感に敏感なほうなので、その違いをはっきりと聞き分けることができた。おかげで10年ほど前から、補聴器を使用する患者のうち認知障害の初期兆候が見られる場合には、神経内科の受診を勧めてきた。ただ、こうした対応は医師である私の勘で判断するだけで、客観的な指標や資料で診断することはできなかった。私が感じる音の違いを科学的根拠で証明したかったし、AI技術が発達した今の時点ならそれが可能だと考えた。

物理的な限界を克服したいという理由もあった。診療は医師が患者と直接対面しなければならない。1日に診られる患者数は決まっており、同じ空間にいなければならない。医師としてどれほど熱心に取り組んでも、手術室で出会える患者の数は多くない。しかし技術を開発すれば、数多くの人を助けることができ、健康な人が病気になる前にあらかじめ手を差し伸べることができる。治療から予防へとパラダイムが変わるのだ。その変化を自ら牽引し、多くの人を助けたかった。

 

ボイノシスの今後の方向性が気になる

ライフスタイル・ヘルスケアの中枢になりたい。現在、大熊製薬と協業してシニアレジデンス「河南ケアハブ」に参加している。認知症になる前、軽度認知障害の段階で介入することが核心だ。認知症は発症すると元に戻すことが難しいが、その前の段階では十分に管理できる。療養施設のように長く滞在するのではなく、2週間から3か月ほど過ごして認知トレーニングや運動、食事管理を受け、再び日常に戻る仕組みだ。ボイノシスの検査で無症状の段階から認知障害の可能性をスクリーニングし、リスクのシグナルが捉えられれば個別化されたプログラムにつなげる。単に診断で終わる無責任な技術にはなりたくない。自宅ではアプリでモニタリングし、必要があればオフラインのセンターでケアを受ける、発見から解決までつながるヘルスケアのエコシステムをつくりたい。

 

単なる診断を超え、健康な生活全体を見守る領域へ進むということだ

そうだ。単にゆっくり老いることを超えて、エイジリセット(Age reset)の領域まで見据えている。今や100歳時代を超えて120歳時代と言われている。日々進歩する医療技術のおかげで、長生きする方法は本当に増えた。今は「どう長く生きるか」ではなく「どのような姿で長く生きるか」を考えるときだ。

人の年齢は戸籍上の年齢だから変えられないが、生体年齢は違う。継続的に管理すれば、60代でも40代の生体リズムを持つことができる。最も熾烈に働き、脳を酷使する30〜40代も同様だ。ボイノシスが高齢者だけを対象にしていない理由だ。

 

親の脳の健康を心配する中年の子どもたちに伝えたい言葉があれば

ボイノシスを創業し、認知症のない世界をつくると決意した。この決意は個人の目標であり、父との約束でもある。愛する家族が自分自身を失っていき、そばでその最期を見守るのは本当に胸の痛むことだ。私と同じ苦しみを他の人にも同じように味わわせるわけにはいかない。認知症のない世界をつくるまで止まるつもりはない。親の健康を心配する中年の子どもたちにとって、ボイノシスが親孝行の道具になることを願っている。それが医師でありボイノシス代表としての私の使命だと思っている。

 

原文記事(韓国語): 아버지와의 약속, 치매 없는 세상을 열다 [인터뷰]

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